非正規充電器で感電死の事故について思うこと


最近、iPhoneを非正規の充電器で充電しながら使ってた方が感電して亡くなられたというニュースがありました。亡くなった方はお気の毒なことだと思いますが、この非正規品のどこが悪かったのかという技術的な観点から突っ込んだ報道があまり見受けられないのが気になります。

非正規品の充電器で感電死した中国人女性の悲劇から見る山寨(ニセモノ)の恐ろしさ

例えばこの記事ですが、正規品と非正規品とニセモノの内部の写真を見せて、

この3枚の写真を見ればお分かりだと思いますが、アップル正規品の構造が複雑で、含まれる部品も多いのです。一般非正規品も正規品に似ていますが、山寨(ニセモノ)の構造が極めて粗い、部品も少ないと一目瞭然でした。

と結論づけられていますが、正直言って単純にこの写真を見ただけでは感電に至るような漏電の原因がどこにありそうかということまでは読み取れないんです。恐らくほとんどの読者は何となく純正品はちゃんとしてて非正規品やニセモノは貧弱に見えるということだけでしょう。つまりは「安かろう悪かろう」ということですね。

実は、「純正品は複雑で部品が多くて保護回路も入っているのにニセモノは構造が粗く部品が少ない」ということと「感電に対する安全性の違い」ということについてはほとんど関係の無いことなのです。

驚く人も多いと思いますが、誤解を恐れずに書くと、保護回路は人の感電の危険性に対する対策としてはそんなに多くは寄与していないのです。せいぜい制御回路が故障して充電器出力電圧が通常よりも高くなった時に充電器が燃えないとか接続している機器が壊れないとか、「故障した機器を安全に停止させる」のに役立っているだけです。もし保護回路が働くべき種類の故障が保護回路なしの製品で起きた場合、最悪充電器は燃えるか接続していた機器(iPhone)が壊れるかのいづれかか両方が起こり、人は感電しないで異常に気付きます。この時感電しないのは、多少の過電圧が製品(iPhone)に加わってもその電圧が容易に触れられない構造になっているからです。少なくともiPhoneはそうなっているはずだし、それで感電するならiPhoneの方に問題があることになります。(ここは私のAppleに対するブランドイメージだけで判断していますが、多分間違っていないでしょう。)

それから、部品点数が少ないことと感電の危険性は直接的には関係ありません。故障しにくいという観点から言うとむしろ部品点数の少ない製品の方が良いとすら言えます。

では、何が充電器を人が感電しないようにしているのかというと、それは「絶縁システム」です。なんとなくおおげさに聞こえる言葉ですが、簡単に言うと「いかに危険な電圧源(コンセントに出てくる電圧です)と人体とが触れないようにするかという方法と構造」のことです。充電器(ACアダプタも)の場合は三つの部品とそれを支える構造がそれを決定しています。三つの部品とはトランス、フォトカップラ、Yキャップ(コンデンサ)です。支える構造はプリント基板であったり筐体だったりします。

トランスは電気エネルギーを一旦磁気エネルギーに変換してからまた電気エネルギーに変換するという方法を使って絶縁しています。これで電気を通したいのに絶縁しなきゃならないという不条理を解決しています。フォトカップラは電気信号を光に変換して再び電気信号に変換するという方法で、絶縁を保ちつつ出力電圧の変動情報を充電器の制御回路に伝えています。Yキャップは本来の動作には関係しませんが、機器のノイズを逃がすために不可欠なのである程度の漏れ電流を許容しつつ危険な電圧源と人体との間の絶縁を保つことが求められる部品です。

フォトカップラとYキャップは安全規格で認定された部品があるのでそれをちゃんと使っているかが大切です。たYキャップはたいてい鮮やかな青色をしていて表面に認定表示がされています。フォトカプラは製品番号から規格を確認する必要があります。大きめのサイズのフォトカプラの場合は表面に認定表示のあるものもあります。上記引用した記事の写真では正規品と非正規品には青いコンデンサが見えますが「ニセモノ」には使っていないように見えます。ただ、このコンデンサは省略してしまっても本来の充電器としての動作には関係ありませんので元々無い設計なのかもしれません。

トランスはなかなか標準化ができない部品で、電気的な性能はもとより、安全設計まで考えると結構難しい部品です。危険な電圧側(一次側)のコイルと人が触れることのできる電圧側(二次側)のコイルとそれを支えるボビンと磁気エネルギーを蓄えるコアとそれぞれを絶縁するテープで構成されています。安全規格でこの電圧の場合はどれくらいの距離を保つ必要があるとか、どれくらいの厚みの絶縁物が必要だとか事細かな規定があります。この規定を全てクリアしつつ所定のサイズで所定の性能を出す設計をするのはかなりのスキルが必要になります。

Apple iPhone charger teardown: quality in a tiny expensive package

これはiPhoneの正規充電器を分解して見せてくれている記事です。ここにはトランスを分解した写真もあってとても参考になります。

Also note that the winding is triple-insulated, which is a UL safety requirement to ensure that the high voltage primary remains isolated from the output.

例えばここで注目すべきはコイルに三重絶縁(triple-insulated)の線が使われていると書かれていますがなぜ三重なのか分かりますか?トランスはコイルとコイルの間に絶縁テープを巻いてお互いを絶縁しますが、トランスのサイズを小さくするとどうやっても一次側と二次側との間の距離が確保できなくなります。距離というのは空間距離と沿面距離と二つの定義があってそれぞれ規定がありますが、説明が難しくなるのではしょってしまいますが、ともかくこれらの安全に必要な絶縁距離が確保できなくなります。だったらコイルの線を絶縁すればいいのでは?そもそもコイルの線はエナメルとかウレタン樹脂で絶縁されているからいいんじゃないの?などといった考えが出てくるかもしれません。ところが、安全規格ではこの種の樹脂の絶縁は安全のための絶縁とは認められないという決まりがあります。しかも安全とみなせるのは一定の厚み以上の材料で二重に絶縁しないと駄目などの決まりがあります。そうすると細い線に分厚い絶縁チューブを二重に被せないと駄目で、そうなるととてもコイルにして巻けるような太さ(細さ)の線ではなくなってしまいます。一方、絶縁を三重に施した場合は絶縁の厚みは規定しないという例外的な規定があります。もっともこれは安全規格が整備される以前からトランスの絶縁にはテープが使われていたので、絶縁物としてのテープの厚みを規定してしまうと現実に即さないのでテープを絶縁に使えるように規定の方を決めたという経緯があるそうです。ともあれ、その規定に基づいて電線に非常に薄い絶縁を三重に施した線が作られ、それがこうしてこのトランスを作るのに使われるようになっている訳です。

ちょっと細かな説明になってしまいましたが、このトランスの外見だけからそういった諸々の規格に合わせた設計が行われ実装されていることが判断できますか?普通は分からないですよね。(さすがに上記記事の「ニセモノ」のトランスは一見して所定の絶縁が確保できていない雰囲気が漂っていますが…)

トランス以外でもプリント基板のパターン間の電圧に応じてパターン同士の距離も安全規格で規定されています。パターン設計をする時はそれこそパチンコの釘の間を調整するがごとく念入りに行います。パターンを見れば設計品質がおおむね推測可能なので、正規品や非正規品の比較写真を見せるならパターン面側を見せた方がいいくらいです。

私が今回の感電事故の件はトランスの設計か実装設計が安全規格に合致していなかった(設計品質)+製造現場での組み立てミスがあった(製造品質)とにらんでいます。あるいはそもそも品質を云々する以前に企業コンプライアンスすら無い企業による製品なのかもしれません。もしそうなら事故ではなく事件ですね。

確かに「安かろう悪かろう」というのは正しいことの多い便利な判断基準ですが、ただそれを追認するだけの情報を示されても、では消費者な何を買えばいいのか分からないですよね。充電器は正規品を買う、非正規品でも信頼できるメーカーのものを買う、安全規格マークの入った製品を買う、といった分かり易いかつ容易に実行できる内容にまで落とした情報を提供していかないと価値がないのではないでしょうか?

余談になりますが、安全規格に合致していれば感電は絶対にしないかということそんなことはありません。Yキャップのところでも書きましたが、安全規格では人が死に至ることのない程度までの漏れ電流は許容しているという側面もあります。それから「感電した」という状況は人によって大きく左右されます。痛みと一緒で感電は主観的な現象なのです。ですので全ての人が全ての状況において全く感電しない機器を作るのは意外と難しいんだということになります。安全規格は最低限の安全について規定し、各企業を共通の土俵に乗せる働きをしています。それ以上の安全にコストをかけるかどうかは企業のポリシー次第で、それがやがて揺るがぬブランドになるのかもしれません。それに対して最低限の安全規格も満たせない製品を出す企業は激しく糾弾され、かつ淘汰されるべきでしょう。

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